魚醤塩辛とは
山形県唯一の有人離島「飛島(とびしま)」で製造される加工品である。塩辛という呼び名ではあるが、一般的なそれとは異なり塩漬けしたスルメイカ等の細切り(以下、具)を、イカの肝臓を原料とした魚醤油(以下、つゆ)に漬け込んだ食品である(図1)。具はスルメイカが主で、サザエやアワビを用いることもあり、原料により「いかの塩辛」、「さざえの塩辛」などと呼ばれる。この魚醤塩辛は、家庭単位で製造・出荷されるほか、自家消費もされる。家庭ごとに製法のこだわりがあり、それぞれ味が異なる特徴がある。かつては酒田の米との物々交換にも用いられ、稲作ができない飛島にとって重要な産品であった。
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主な生産地
山形県酒田市飛島のみで生産される。飛島はほとんどの家庭が漁業に従事しており、魚醤塩辛は漁業の傍らで製造されている。
生産の動向
過去30年の山形県漁業協同組合における出荷量を図2に示す。魚醤塩辛は、季節商品で、11月~1月頃のみに出荷される。かつてはこの短期間でも1シーズン5,000本近く出荷されていたが、2010年代以降は激減し数十本のみの年もある。2024年は、いか塩辛が約40本、さざえ塩辛が約10本出荷されている。1998年に54軒あった出荷製造者数は、2024年はわずか2軒だった。この背景には、スルメイカの不漁による原料不足が大きく影響している。
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原料選択のポイント
主原料のスルメイカは、必ず夏土用(夏の土用の期間)の前に水揚げされたものを用いる。つゆ、具ともにこの時期以降に塩漬けをすると品質が落ちると言い伝えられている。また、サザエやアワビを具に用いる場合は、漁獲時に漁具で傷つけてしまい出荷できないものを活用する。
加工技術
具は、飽和量の塩で漬け込むことで、脱水を促し、水分活性を低下させることで貯蔵性を向上させている。つゆは、スルメイカの肝臓を飽和量の塩で漬け込み、腐敗を防ぎながら2年以上の熟成期間を設けることで、自己消化酵素がたんぱく質をアミノ酸やペプチドに分解し、特有のうま味を呈する。また、つゆは熟成期間中に油分や不純物が分離するため、混ざらないよう熟成樽の下部に設置された抽出口から抽出する。
製造工程の概略

加工の実際
魚醤塩辛は家庭ごとに原料や塩の添加量などにこだわりがあり、それぞれ味が異なるが、ここでは共通する製造の流れについて整理する。
■ つゆ造り
- 原料 するめ作りや後述する具づくりの際の加工残渣であるスルメイカの肝臓を原料とする。近年では、冷凍保管された肝臓を島外から入手し活用する場合もある。また、甘味が増すという理由でミズダコの肝臓を混ぜる家庭もある。
- 塩漬け 6月頃から夏土用の前までに、原料を多量の塩で漬け込む。
- 本仕込 同年の11月頃、塩漬けした肝臓を熟成樽用の樽に移し、塩分濃度20%程度の塩水を加えることで本仕込とする。塩水を加える量は製造者により異なり、かき混ぜ棒で混合する際の感触で判断する(写真2)。塩漬けした肝臓が多く、かき混ぜ棒が自立するような場合はさらに塩水を加え、熟成樽全体のボーメ度が22度から27度になるよう調整する。十分にかき混ぜたら、ビニール等で熟成樽の上部に蓋をする。

- 熟成 本仕込の後、一切手を加えることなく常温で2~5年程度静置する(写真3)。熟成期間は製造者によって異なるが、2年以上熟成させる場合が多い。熟成中、原料に含まれる油分や不純物は液面に、透き通ったつゆは樽の下部に分離する。また、熟成において「夏土用を越える」ことが重要とされており、後述の抽出は秋以降に行われる。
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- 抽出 本仕込から数年後の秋以降、熟成樽の下部に設置された抽出口からつゆを抽出する(写真4)。完成したつゆの塩分濃度は24~27%程度となる。また、必要な量のつゆを抽出し終えた熟成樽は、洗浄すること無く樽に残ったつゆの表面や樽の内側に付着した油分や不純物を丁寧に取り除くのみで、そこへ新たに塩漬けした肝臓と塩水を加え本仕込するのもこの時期である。
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- ろ過 抽出したつゆをキッチンペーパー等の紙やさらし布で濾す。一般的な魚醤油の精製工程にみられる火入れは行わない。
■ 具づくり
- 原料 スルメイカの場合、6月頃から夏土用の前までに獲れた内臓を除いた身のみを用いる。また、サザエの場合は漁獲時に漁具で傷がつき出荷できないものの身を活用する。
- 塩漬け スルメイカの身は塩を交互に重ね、重石を乗せ漬け込む(写真5)。この作業を夏土用の前までに行わないと塩漬けの途中で身がぬるぬるし、具の品質が低下してしまう。サザエやアワビはスルメイカと異なり9月頃までに塩漬けを行う。
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- 裁断 11月頃、塩漬け容器から取り出した具を包丁で細切りにする。
- 脱塩 そのままでは大変塩辛いので、数回換水しながら塩抜きを行う。この時の洗い汁をとっておき、本仕込の塩分調整や料理に活用することもある。
- 脱水 塩抜きした具をネットに入れ、脱水装置(写真6)で具から水分が滲出しなくなるまできつく脱水する。
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■ 瓶詰め
魚醤塩辛の容器はガラス瓶で、多くの場合ビール瓶が用いられる。具を300g計量して瓶に詰め込み、つゆを注ぐ。細い棒でかき混ぜて具全体がつゆに浸るようにしながら瓶の口ぎりぎりまでつゆを加え、コルクで栓をする。瓶詰後、いか塩辛の場合は常温で数日寝かせることで味が浸み込む。
加工に用いる機器
樽 かつては木樽(四斗樽)が主流だったが、近年はプラスチック製の樽を使用する場合が多い(写真3)。 脱水装置 飛島特製のジャッキを改造した脱水装置。これを使うことでしっかり脱水することができる(写真6)。
品質管理のポイント
つゆの熟成中は、油分や不純物の分離を妨げ、つゆの品質低下を招いてしまうため決してかき混ぜたり手を加えたりしない。また、具の脱水不足は瓶詰後の塩分濃度低下や不純物の混入の原因となり、瓶詰め後の品質低下を招く。
製品の形態
ビール瓶(大瓶)に詰められ、コルクで栓をしたものが主流である(写真7)。これより小さめ瓶に詰められた製品もある。
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包装および保管方法
瓶に詰められた状態で出荷、低温流通する。製品は10℃以下で保存する(写真8)。
調理方法および食べ方
瓶から針金等を使って具を取り出し、大根おろし等と合わせて食す。あくまで魚醤塩辛のメインは具であり、意外にもつゆを調理や調味料として活用することはほとんど見られない現状にある。
コラム
スルメイカが飛島で大量に獲れた時代、魚醤塩辛づくりは島民の暮らしの一部であった。秋の時化が続く時期になると家族総出で魚醤塩辛の瓶詰作業を行い、島内の運動会では、「瓶詰競争」という毛糸を魚醤塩辛の具に見立て、ビール瓶に詰める速さを競う競技があったほどである。しかし、飛島を取り巻く環境は近年大きく変化している。スルメイカの漁獲量は激減し、漁業者も少なくなった。100人ほどになった島民はそのほとんどが高齢者で、島内の小・中学校は休校している。当然、魚醤塩辛の製造に与える影響は大きく、先述したように出荷数と製造者数が激減し、後継者もいない。あと数年で、魚醤塩辛自体が無くなってしまう可能性が高い。今回、本稿が公開されることで、魚醤塩辛の存在をより多くの方に知っていただく機会となれば幸いである。
(山形県 水産研究所:五十嵐 悠)
参考文献
白石哲也,松本剛,奥野貴士編.「研究者、魚醤と出会う。:山形県の離島・飛島を追って」.文学通信社.2024年
協力
長浜 修 氏、渡部 とみこ 氏 ほか飛島の方々
